2007.04.01 Sunday
日本にも素晴らしい建築家は居る。海舌は辰野金吾氏の作風が好きだ。
◆◆海舌は、中学生までは建築家になりたかったので、結構。、この分野は、眼差しが厳しい。高校の製図で、手が極めて不器用であることを自覚して諦めた。
◆◆日本にも素晴らしい建築家は居る。海舌は辰野金吾氏の作風が好きだ。


辰野金吾
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
◆◆日本にも素晴らしい建築家は居る。海舌は辰野金吾氏の作風が好きだ。

日本銀行本店
国・重要文化財(1974.02.05)
竣工 1896年(明治29年)2月
所在地 東京都中央区日本橋本石町2-1-1
設計 辰野金吾
施工 直営
構造 石積み煉瓦造3階建て、地下1階、鉄板及び銅板葺
建築面積 2,684.6m²
日本銀行本店は、 ベルギーの中央銀行を模範に設計されたといわれています。
当初は総石造りの予定でしたが、 1891年(明治24年)の濃尾地震の被害状況から、 建物上部を軽量化することにより耐震性を高めるため、1階は石造り、 2,3階は石を貼り付けた煉瓦造りに変更されました。 エレベーターや水洗便所、防火シャッターなど当時としては珍しい設備を備えていました。
なお、東側の建物は、 長野宇平治により昭和初期に増築されたものです。
設計者の辰野金吾(たつの・きんご 1854-1919)は、 日本銀行の大阪支店や、 旧小樽支店の設計も行っています。

大阪市中央公会堂
大阪市中央公会堂(旧中之島公会堂)は、1911年(明治44年)、株式仲買人である岩本栄之助が当時の100万円を寄付して建設計画が始まった。北浜の風雲児と呼ばれた相場師・岩本栄之助は渋沢栄一が団長となった1909年(明治42年)の渡米実業団に参加し、アメリカ大都市の公共施設の立派さや富豪たちによる慈善事業・寄付の習慣に強い印象を受けた。彼は父の遺産と私財をあわせた100万円を公共施設建設に寄付することを決め、蔵屋敷の廃止後衰退し再生を模索していた中之島に公会堂を建設することにした。
リニューアル後も、内装の一部に旧館の遺構をはめ窓のようにしてみせるなど、歴史に敬意を払った工夫が凝らされていると主張されているが、一方で外壁の汚れを取り除いて新築同様にしたことでかえって九十年の風雪を台無しにしてしまい、内部も不用意な改変で往時の雰囲気を殆どとどめていないなど、その結果には多くの市民から疑問の声も挙がっている[要出典] 。又、周辺道路と敷地を隔てる境界にも、遺構が利用されている。
辰野金吾
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
# 1854年(安政元年)肥前国(現在の佐賀県)唐津藩の下級藩士、姫松蔵右衛門 オマシの次男として生まれる。姫松家は足軽よりも低い家格であった。
# 1868年(明治元年)叔父の辰野宗安の養子となる
# 1873年(明治6年)工部省工学寮(のち工部大学校、現在の東大工学部)に第一回生として入学
# 2年終了後、造船から造家(建築)に転じる
# 1877年(明治10年)ロンドン出身のジョサイア・コンドルが造家学教師に着任
# 1879年(明治12年)造家学科を首席で卒業(同期生に曽禰達蔵、片山東熊、佐立七次郎)
# 1880年(明治13年)英国留学に出発、コンドルの師であるバージェスの事務所やロンドン大学で学ぶ
# 1883年(明治16年)帰国
# 1884年(明治17年)コンドル解雇後、工部大学校教授
# 1886年(明治19年)帝国大学工科大学教授、造家学会(のちの建築学会)設立
# 1898年(明治31年)帝国大学工科大学学長
* 銀行集会所 (1884年/現存しない)
* 工科大学校本館 (1888年/東京都/現存しない)
* 日本銀行本店 (1896年/東京都/重要文化財)
* 旧日本銀行大阪支店 (大阪府)
* 旧日本銀行京都支店 (京都府/重要文化財)
* 浜寺公園駅 (1907年/大阪府堺市 )
* 第一銀行神戸支店 (1908年/兵庫県神戸市/外壁保存)
* 国技館 (1909年/のち日大講堂/東京都/現存しない)
* 旧日本生命九州支店 (1909年/福岡県福岡市/重要文化財)
* 奈良ホテル (1909年/奈良県奈良市)
* 岩手銀行中ノ橋支店 (1911年/岩手県盛岡市/重要文化財)
* 松本健次郎邸 (1911年/福岡県北九州市/重要文化財)
* 万世橋駅舎(初代) (1911年/東京神田/中央線終着駅(当時)。関東大震災で崩壊。昭和になり交通博物館敷地。2006年閉館。さいたま市に移転予定。)
* 旧日本銀行小樽支店 (1912年/北海道)
* 旧日本教育生命保険(現:シェ・ワダ)(1912年/大阪市)
* 中央停車場 (1914年/現・東京駅、東京ステーションホテル/重要文化財)
* 武雄温泉新館・楼門 (1914年/佐賀県武雄市/重要文化財)
* 百三十銀行八幡支店(1915年/福岡県北九州市/市指定有形文化財)
* 大阪市中央公会堂 (1918年/大阪府大阪市/実施設計/重要文化財)
* 韓国銀行ソウル本店
La Compagnie An 's BLOG
西山水木の冬と春 ! 「オセロー」のツアーで全国を回っています。
岐阜 素敵な観客に愚かな建築家
2007.03.29 Thursday 02:02|鶏頭蠍尾的興味津々
もうこれは怒り心頭なので、はっきり名前を書くけれど
1904年岐阜生まれの世界的建築家、坂倉準三さん!
これは我らが舞台監督もBLOGに書いているけれどさっ。
ひどいもの作ってくれたよね?
自分の故郷の人たちの文化への逆貢献?
どうして偉大な建築家たちは自分の故郷で適当なやっつけ仕事しちゃうんだろう?
(丹下健三!)
http://heiwa.a-n.fem.jp/?eid=595666
http://heiwa.a-n.fem.jp/?eid=597052
心がない。想像力がない!愛がない。知識がない。
何か建築家目指す若い人たちなんかが見学に来るらしいけれど、ぜっっっっっっっっっったい学ばないでクレーーーーー!
丹下や板倉を目指すなああっ!
坂倉さんももう亡くなってますけど、弟子とか会社なんかの関係者の方!
ここ建てた金でうるおった方々さっ!
是非、岐阜の方々のインテリジェンスにふさわしい、よい劇場を作ってよ!
ちゃんと勉強してさ。
板倉さんなんかさ、パリにいて、何見て来たの?あんなによい劇場の数々、音響の設備…勉強しなかったの?
使う人たちが「めるど!」とか「ふぁっく!」とか壁を蹴るような作品。何で残したかな?
写真は明日もがんばるために…江南の「こぶし」と「もくれん」
コメント
良くぞ、言って頂いたと思います。旧の東京都庁の不便さは、全国に鳴り響いていました。安藤忠雄氏は、やはり、庶民の叩き上げで、観念的のように見えて、結構、生活者、利用者の視点を持っておられると思います。ずっと前のNHKの特集で、金比羅の時代劇の劇場のことが出ていました。歌舞伎役者が気に入るほどに、良い作りのようです。
from: kaisetsu | 2007/04/01 2:37 AM


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