2006.06.14 Wednesday
すごくすごく美味しいものを食べたり飲んだりしているとき
⇒参照
La Compagnie A-n 's BLOG
ものの考え方 世界のとらえ方
2006.06.13 Tuesday 02:50|鶏頭蠍尾的畏怖尊敬
御紹介、頂いて有難う御座います。
西山水木さんが、私の語った内容を、「真髄」で御理解頂けていることが、なにより嬉しいです。
「超ひも理論」については、個人的な感じを書いてみると、結局、「分からない所を、繋ぎ合わせる」ために、「ひも」という、どうにでも説明の付く「道具」を新しく持ち出してるんじゃないの?、という感想が素直な所です。
「すごくすごく美味しいものを食べたり飲んだりしているとき、生きる実感がちょっと遠のく時がある。」⇒この観点の方が、私にとっては、「ドキっ」とする感性です。
これは、
「トンネルを抜けると雪だった。」とか、「熱帯のジャングルの暗闇の中から『煌く太陽』に出会った感じ」です。
『食べ物」を「支配」しているはずの「人間」』が、食べ物に「支配」されている、という感覚を持ってしまうと、「不連続的差異論」では説明できると思っています。
人間が「食べ物」に向かっている「⇒矢印」が、反転して、「食べ物」が「人間」を支配し、食べ物から、矢印が出て、人間を指し示してくる、感じです。
或いは、その二つの、相反する「矢印」が、入り乱れることで、「メデイア化」してしまい、「方向性」を喪失してしなうと説明できると思います。(不連続的差異論で「メデイア界」という場合、「Aであり、且、非Aである世界」のことです。
自分が存在する感覚と、存在しない感覚が、不連続に、激しく交錯しはじめると、「メデイア」の世界に彷徨いことになります。
ここで、強い「意志」或いは、「自己保存能力」が備わっていると、再度、「メデイア界」から「新しい自己」(イデア)を指し示すことになるのでしょう。
「すごくすごく美味しいものを食べたり飲んだりしているとき、生きる実感がちょっと遠のく時がある。」⇒この観点から、多くのことを学ぶことが出来ます。
from: kaisetsu of ODA Watchers | 2006/06/14 1:59 PM


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